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『現代版素問諺解 各論篇』岡本一抱/著・木田一歩/整理

今後出版予定の岡本一抱著・木田一歩整理『現代版素問諺解 各論篇』の中から、刺熱篇、徴四失論篇について一部抜粋してご紹介いたします。

General content

(2p) 31:熱論篇
(7p) 32:刺熱篇
(11p) 33:評熱病論篇
(16p) 34:逆調論篇
(19p) 35:瘧論篇
(28p) 36:刺瘧篇
(32p) 37:氣厥論篇
(35p) 38:咳論篇
(39p) 39:擧痛論篇
(45p) 40:腹中論篇
(50p) 41:刺腰痛篇
(54p) 42:風論篇
(59p) 43:痺論篇
(64p) 44:痿論篇
(67p) 45:厥論篇
(71p) 46:病能論篇
(74p) 47:奇病論篇
(78p) 48:大奇論篇
(83p) 49:脉解篇
(88p) 50:刺要論篇
(90p) 51:刺齊論篇
(92p) 52:刺禁論篇
(96p) 53:刺志論
(98p) 54:鍼解篇
(101p) 55:長刺節論篇
(104p) 56:皮部論篇
(107p) 57:經絡論篇
(109p) 58:氣穴論篇
(112p) 59:氣府論篇
(114p) 60:骨空論篇
(119p) 61:水熱穴論篇
(124p) 62:調經論篇
(134p) 63:繆刺論篇
(139p) 64:四時刺逆從論篇
(143p) 65:標本病傳論篇
(148p) 75:著至教論篇
(151p) 76:示從容論篇
(154p) 77:疏五過論篇
(157p) 78:徴四失論篇
(159p) 79:陰陽類論篇
(164p) 80:方盛衰論篇
(167p) 81:解精微論篇
(170p) Reference book
(171p) Omake

32:刺熱篇

  • 肝臓が熱によって病んだ場合は、発熱する前の前駆症状として、尿色が黄色になり、小腹が痛み、起きていることができず横になって身熱を発す。情緒が不安定で狂言し、驚き、脇満が痛み、手足をバタバタと動かして身体が悶えて苦しむようになる。

    この病は庚辛の日に激しくなり、甲乙の日に大汗をかけば癒えるが、逆にこの日に大汗しなければ病は重くなり、熱邪の勢いが強ければ、庚辛の日に亡くなる。

    足厥陰、少陽経の二経の穴に鍼で瀉法を加え、逆上を除けばよい。このとき熱邪が退くときに肝胆の経脈に従い、頭部に上衝し、頭痛、めまいの症状が出現することがある。

  • 心臓が熱によって病んだ場合は、発熱する前駆症状として、心が悶悶とし、数日後に発熱する。そして発熱すれば心痛、煩悶、善嘔、頭痛、赤顔して無汗の症状を見る。

    この病は壬癸の日に激しくなり、丙丁の日に大汗をかけば癒えるが、逆にこの日に大汗しなければ病は重くなり、熱邪の勢いが強ければ、丙丁の日に亡くなる。

    手少陰、太陽の二経の穴に鍼で瀉法を加えればよい。

  • 脾臓が熱によって病んだ場合は、脾病の特徴を現す前に胃経に熱が伝わり、頭重、頬痛をみる。その後脾経の流注に熱が伝わり煩心、青顔、欲嘔身熱の症状が出現する。そして発熱すれば腰痛して俛仰できず、腹満下痢し、下顎の周囲が病む。

    この病は甲乙の日に激しくなり、戊己の日に大汗をかけば癒えるが、逆にこの日に大汗しなければ病は重くなり、熱邪の勢いが強くなれば、甲乙の日に亡くなる。

    足太陰、陽明の二経の穴に鍼で瀉法を加えればよい。

  • 肺臓が熱によって病んだ場合は、肺臓に熱がいきなり入るのではなくて、先ず皮毛に熱邪が宿り症状を発すので、四肢厥冷して立毛し、風や冷気が体表に当たるのを嫌い、舌に黄腐苔をみて身熱する。そして発熱すれば喘咳、胸背部が大息すると痛む、耐えられない程度の頭痛がして汗出悪寒する。

    この病は丙丁の日に激しくなり、庚辛の日に大汗をかけば癒えるが、逆にこの日に大汗しなければ病は重くなり、熱邪の勢いが強くなれば、丙丁の日に亡くなる。

    手太陰、陽明の二経の穴に鍼で瀉法を行い、大豆程度の瀉血をすれば熱を除くことができる。

  • 腎臓が熱によって病んだ場合は、腎臓に熱が直接入るのではなく、先ず腰痛して脚全体に力が入らなくなり、咽喉が渇いて苦しく身熱する様になる。そして発熱すれば項が痛んで強ばり、脚全体が冷たくなって動かなくなる。しかし足裏は逆に火照り、言葉が上手く話せず、情緒が不安定になって意識が混濁する。

    この病は戊己の日に激しくなり、壬癸の日に大汗をかけば癒えるが、逆にこの日に大汗しなければ病は重くなり、熱邪の勢いが強くなれば、戊己の日に亡くなる。

    足少陰、太陽の二経の穴に鍼で瀉法を加えればよい。

これらの熱病は各論で述べた日時に発汗させれば、治癒させることができる。

78:徴四失論篇

黄帝が明堂に坐している時に、雷公も傍らに坐している。

黄帝

子は書に通じて衆の醫家より受けた事が多くあると思うが、その事を通じた臨床経験の中で巧く行なえた治験と、思うように出来なかった治験にはどのようなものがあるか。

雷公

經典に述べられていることがらと、衆の醫家より受けた教えを忠実に行っても、時々により成功と過失があったが、その理由が分からない。

黄帝

子は年がまだ若く智識が未熟であるからか、治療に於いて迷いがあるからである。十二經脉、三百六十五絡脉は、皆人の知ることであり、醫家はこれらを工にもちいて治病に当たる。それが不十分に出来ないというのであれば、それは醫家の精神が不專で志意が不理であるために、内外からの診察が出来ないので、陰陽の逆從に常に迷い、時に疑義が生じて診察と治療が一体にならないからである。これは醫家の一つ目の過失である。

衆の醫家より受けた教えも理解しないうちに、蒙昧雑多に術を行ない、病人に虚言を話して病状をごまかし、でたらめに病名を付けて自らの功績にし、法を無視して妄りに石を用いて術を施しても、病が軽減するどころか、病身に苦痛を与える事などは、醫家の二つ目の過失である。

治病には貧富、貴賎、居住、体躯の肥痩、寒温、飮食の状況、性格の勇怯等を一々分類して比らべなければならないが、これらの思慮が充分になければ、臨床では思考に混乱が起こる。これは醫家の三つ目の過失である。

病を診察するのに、病が起こったときの精神状況の憂患、その直前の飮食状況の過不足、その時の生活状況や仕事事情、また傷寒や熱中の被患等を聞いて明らかにする事をせず、ただ寸口に手を当てて脈をうかがっても、病因病機もわからないので、でたらめに病名を付けて病を窮地に陥らせる事もある。これは醫家の四つ目の過失である。

このようなことをする醫家が多くなれば、世人の信用は遥か千里之外までも離れてしまう。これは寸尺の脈診論が不明で、人の生理智識がないからである。本来治療して病人を救済するという道は「從容之葆」であり、ないがしろにする事ではない。

仮にその道を学ぶことなく、漫然と寸口に手をあてがっても、脉の意味する事がらも五行の相克も理解できずないので、その病の起所がわからない。そのとき自らの無学は師が正しく受教していないからと、衆の醫家を怨んで責めて咎める。このような者は時に少しの成功治験を大げさに言いふらして、自らの名声を上げようとするが、世人はそのような者の言を信用せずあざ笑い、相手にしなくなるものである。これでは折角の人を治療する医術を市で売るようなものである。いつも蒙昧な治療を行ない、愚然治った事を自慢して得意になる輩が多い。

嗚呼。医道の道は微妙にして深く遠いことであろうか。この道を熟知して人に施すことは広大無辺で、それは天地に比すべきか、それとも四海に並ぶべきであろうか。汝はまだ醫道がどうであるかという理が充分認識できていない。それでは折角の明も晦やむことになるぞ。

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